というわけで、
YABO_NDSkyBookで
ヘンゼルとグレーテルを読んでみた。案の定、声が「おとぎ銃士赤ずきん」のキャストで再生されてしまう。そうか、こういう話なのか。お菓子の家が出てくるというのは知ってたんだが、それ以外はさっぱり知らなかった。
NDSkyBookは、一画面に出てくる文字が妙に少ない意外はわりと快適。フォントがいつも慣れ親しんだものとは違うが、どうしても合わないなら自力でMSゴシックを変換してしまう等の方法もある。
さて、本題に入ろう。まさかこの年になって童話の感想を書くことになるとは思ってなかったが、読んでないのだからしょうがあるまい。ストーリーはおそらく常識だろうから、あえて書くことはしない。
この話で一番謎なのは、魔女の戦略だと思った。魔女は子供達を襲うためにお菓子の家を建設したという事になっているが、それにしては建設場所が人里から遠すぎる。中世の話だとすると、今よりも山間には木こりの村なんかもあって人口は(相対的に)そこそこ居たのかもしれないが、なぜわざわざ人里はなれた森なんだろうか。
また、森の中でもかなり遠い場所らしい。
おかみさんは、こどもたちを、森のもっともっとふかく、生まれてまだ来たことのなかったおくまで、引っぱって行きました。
ヘンゼルとグレーテルはまだ幼い(脳内設定は10歳と8歳)ため実際にはそんな奥ではないのかもしれない。しかし、子供達が自主的には来れない場所である以上、殆ど子供はやって来ないだろう。むしろ、大人に発見される可能性の方が高いかもしれない。なぜそんな場所を魔女は選んだのだろうか。
魔女は都市部の子供の好きそうな狭い脇道で襲えば良かったのではないか。ファンタジックなドアなんかが薄暗い脇道の奥にぽつんとあったら、今の私でも入ってしまうかもしれない。魔女なんだから子供が周囲に居たときだけドアを出したりするのなんかは朝飯前だろう。
また、その際魔女のせいではなく、誰か他の人間に襲われたと考えるかもしれない。その際、町の中でよく思われていない人間がスケープゴートとして犯人に仕立てられ、殺される可能性もあるだろう。その方が魔女的には愉快かもしれない。森の中で実行しても、せいぜい獣に殺されたとか、高いところから誤って落ちたとか、その可能性ぐらいしか指摘されないだろう。
あるいは、お菓子の家は実は結構人里から近いのかもしれない。森の奥深くで取り残された後しばらく迷ってお菓子の家に到着するが、その時点である程度は人里の近くまで来てたのかもしれない。ただ、それでもすぐに帰れていない以上は結構遠そうではある。
実は魔女はかなり慎重だったのかもしれない。すでに都市部での案で指摘した子供検知機能は実装済みで、その上で行っている可能性もある。魔女はかなり長寿だから、子供が数百年に一度しか現れなくても大丈夫という理屈だ。ただ、それにしては一ヶ月でヘンゼルが太らない事に対し怒っている理由が説明できない。魔女は重度のショタコンで、一日でも早く食べてしまいたかった可能性もありえなくは無いが。人肉嗜好は性的に意味を持つこともあるからだ。
もしかすると、この時代は子供を森に捨てるのは一般的だったのかもしれない。実は親は魔女とつながりを持っていて、親が魔女に子供を差し出すことで、親は何かしらの利益(この場合は食料だろうか)を受け取っていた可能性もある。「ところで」の一文であっさり子供を捨てる事を推していた母親が死んでいるのも気になるところだ。
ところで、おかみさんも死んでしまっていました。
この妙にあっさりしていて理由も語られない死は、もしかすると魔女とのつながりを示すのかもしれない。あそこまで子供を捨てることに積極的だったのも、そう考えれば多少は納得がいく。
そして一番つまらない可能性であるが、ただ単に片手間だった可能性。森の奥深くに住んでいた魔女が、子供たちが来るらしいと知ってそこから計画を立案して実行した可能性だ。一番無理が無いが一番つまらない。でも、
ほんとうは、わるい魔女(まじょ)で、こどもたちのくるのを知って、パンのおうちなんかこしらえて、だましておびきよせたのです
一番その可能性が高い。
さて、このエントリはかなり次のエントリの影響を受けている。
「アンパンマン」は精神的支配による巨大帝国主義政策の物語 - 煩悩是道場。
また、さらにこのエントリの元となった
アンパンマンが憎くて仕方ありません。私って変ですか?では、
アンパンマンの薄っぺらい正義漢キャラより、よってたかって殆どイジメのようにフルボッコされたりアンパンチを食らって「バイバイキーン」と流星の如く去りながらも毎週のように別の場所で悪巧みを働こうとするバイキンマンのほうに人間くさくて好感が持てる
というように書かれている。この「悪役の方が人間臭くて好感が持てる」というのは、この「ヘンゼルとグレーテル」ではちょうど逆だなと思った。
魔女は徹底的に「悪」として描かれ、食べ残した骨を人間の指と見間違えたり、グレーテルの普通なら引っかかりそうに無い作戦に引っかかって死んでしまう。あまりこの魔女に人間臭さを見る人は少ないのではないか。身体的特徴もあまり人間的ではない。
それと対比して主人公側のヘンゼルは、来る途中に白い小石を置いておいてそれを利用して戻ってくるなど頭が回る人間のように描かれているが、二回目では小石の変わりにパンを使ったものの失敗したり、根拠は無いけどグレーテルに「大丈夫だ」と言い聞かせてみたり(自分にも言い聞かせてるのかもしれない)、多少人間臭く描かれているように思う。「アンパンマン」は流石に詳しく覚えてないのだが、主人公側のミスで話が進むことは無かったし、根拠も無く人を元気付けてみたりはしなかったと思う。
童話もこういう感じで読んでみると結構面白い。他の童話や、普通の小説も含めて青空文庫を楽しみたいと思う。
っていうかヘンゼルカッコよすぎだろ。グレーテルがブラコンになるのも分かるわww